プロ野球選手のその後 近藤真市(中日)
近藤真市(中日)
2007 / 07 / 17 ( Tue ) 03 : 20
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近藤 真市(こんどう しんいち)
享栄高からドラフト1位で1986年中日ドラゴンズへ入団 元々は近藤真一だったが、名前を「真一」から「真市」に変更した。 享栄高で長谷部裕(元中日捕手、現コーチ。ドラフト5位で同時入団)とバッテリーを組み、1986年には春、夏ともに甲子園に出場。その年のドラフトで5球団と競合の結果、就任直後の星野仙一監督がクジを引き当て、1位指名で中日に入団。 近藤のデビューは派手すぎた。 ![]() プロ入り1年目の1987年8月9日の対巨人戦(ナゴヤ球場)に先発登板し、プロ野球史上初の快挙となる初登板・初先発ノーヒットノーランを達成し、野球ファンの度肝を抜いた。因みに最後のバッターは篠塚だった。。 その後も初登板から3試合連続で勝利を挙げ、8月の月間MVPを受賞。 18歳11ヵ月での月間MVPは史上最年少記録。そのシーズンは4勝(3完封)。 1989年に左肩を手術、1990年に復活登板を果たしたが、1991年のオフに今度は左ヒジを手術。結局、1989年以降は勝利を挙げることができず、1994年のシーズンを最後に現役を引退。 2004年途中から鈴木孝政(当時1軍コーチ)と入れ替わりで1軍コーチに昇格!! 僕の近藤真一の記憶・・・ 僕の記憶を辿るとこの近藤は高校時代はピッチャーだけでなくバッターとしても良かった。ただ、内野ゴロで1塁ベースまで全力疾走しなかったり、坊主頭が鉄則な高校球児なのに少し角刈りなどして調子に乗ってた一面もあったように思えた。 高校3年の夏の甲子園の真っ最中に部員数名の喫煙が発覚されレギュラー陣が外された。。(それが影響したのか享栄は試合に負けた・・・池田高校だったかな・・・) プロに入りデビュー戦をノーヒットノーランで飾りその後も完封勝利をした。当時、僕は近藤は伝説のピッチャーとして活躍すると思ってたが、巨人戦だったと思うが山倉に痛恨のホームランを食らったのを見て凄くショックを感じた。 ![]() 中学のとき、近藤と対戦したことがある人と偶然にも知り合う機会があり彼の証言によると「とにかくデカかった!不良少年が剛速球を投げてたよ・・」(実際は不良かどうかしらないが、見た目が当時そのように思えたらしい。。因みにラッキーな事にそのバッターはヒットを打ったらしく当然ながら未だに酒を飲むと自慢してる) ドラゴンズに入団後、「星野監督みたいな選手になりたい・・」と言ってたと思う。ある意味、被る部分はあったのではないだろうか。。 因みに藤王康晴、長谷部などは地元が同じである。 1995年からは打撃投手兼スコアラーを務め、1996年からスカウトへ転身した。(あの人は今!で出演してたと思う) 中日の岩瀬に自分がつけてた背番号「13」をプレゼントしたらしい。(ウィキペディアより抜粋) その他、プロ野球を沸かせた選手の行方 プロ野球選手のその後:中山(元大洋) プロ野球選手のその後:新浦(元巨人→大洋) プロ野球選手のその後:藤王(元中日→日ハム) プロ野球選手のその後:近藤真市(中日) |
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