プロ野球選手のその後 板東英二
板東英二(中日→タレント)
2007 / 07 / 27 ( Fri ) 09 : 09
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板東 英二ってタレントのイメージjが凄く強いが実は元プロ野球選手であることは最近の若い世代ではあまり知られてない。
板東 英二(ばんどう えいじ、1940年4月5日 - )は旧満州国(現在の中国東北部)生まれ ![]() asahi.comの記事によると、徳島商高で投手として甲子園に出場し、板東はこのとき徳島商高のエースとして投げ18回引き分け再試合が初めて適用されるきっかけを作ったらしい。当大会で83個の奪三振記録(現在もまだ破られてない) 今じゃ考えられないですね。。 1959年(昭和34年)に中日に入団し77勝の勝ち星を挙げたが、故障により昭和44年頃に引退した。 その後スカウトを経て昭和49年頃から関西ローカルのメインの司会を担当した。これがタレントとしての活動の第一歩でもあり元プロ野球選手がテレビの司会をするのは初のではないだろうか。 現在もプロ野球→テレビ司会者への転身は僕が知る限りではこの板東しかいないでしょう。 色々調べていくと、82年の中日ドラゴンズの歌「燃えよドラゴンズ82年版)の歌手もやってようだ。 ![]() 1982年(昭和57年) 曲名 燃えよドラゴンズ! 歌手 板東英二 作詞 作曲 山本正之 編曲 神保正明 歌詞はこちら>> 昔良く歌ったよ。。これがまさか板東が歌ってたとは、意外でした。 また、TBS「毎度おさわがせします」(1985年放映)にもエロいおやじ役として登場していたと思う。 とにかく弁が達者なのはテレビを見てても良くわかる。その持ち前の弁を活かし講演会も開いたり、本を書いたりバラエティー番組の司会、映画など多方面で活躍中、スターダストプロモーションに業務委託している芸能事務所オフィスメイワークに所属し、同社社長でもあるし、タレント業もさることながら、自身(の事務所メイワーク)が運営するECサイト「板東商店.com」や、テレビ・プラス社との共同事業で運営するこだわりの食材ECサイト美味!ニッポンなどを手がけるなど、手広く事業を行っている 「板東英二の梅干」なども発売しちゃってるし・・・ 金の亡者なのか?? その他、プロ野球を沸かせた選手の行方 プロ野球選手のその後:中山(元大洋) プロ野球選手のその後:新浦(元巨人→大洋) プロ野球選手のその後:藤王(元中日→日ハム) プロ野球選手のその後:近藤真市(中日) プロ野球選手のその後:伊良部秀輝(ロッテ→ヤンキース) |
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