プロ野球選手のその後 遠藤一彦(大洋)
遠藤一彦 (元大洋)
2007 / 08 / 07 ( Tue ) 08 : 25
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遠藤一彦
ある知人が大洋の遠藤を調べて欲しいという事で興味があり調べてみました。 公式ホームページもあります。 僕が知る大洋は低迷期の頃だったが、その中でも遠藤投手は抑え投手としての記憶がある。斉藤、遠藤・・このピッチャーが大活躍してた頃だろうか。 あまり記憶がないが名前は聞いた事ある・・そんな感じです。 調べていくうちにこの遠藤一彦は、野球人として尊敬できる投手であるという事がわかった。 横浜大洋ホエールズと共に生きた男なのである! ![]() 1955年4月、福島県生まれ。投手。右投右打。背番号24。 学法石川高校から東海大に進み、1978年にドラフト3位で大洋に入団 原辰徳と同じ大学でプレーした。また江川卓には同じ年、同じ出身地という事で相当なライバル心を持ってたらしい。 著書に『江川は小次郎、俺が武蔵だ!』を出版しちゃってますね。 プロでの通算勝利数も、江川が135勝、遠藤は、134勝と近い数字も何か因縁を感じさせる。 遠藤がちょうど入団したときは「大洋ホエールズ」から「横浜大洋ホエールズ」に変ったらしくまた引退のときは「横浜ベイスターズ」に変った。 まさに、横浜大洋ホエールズの為に生きた男である。 そんな遠藤ですが、1987年 10月3日の対巨人戦で、巨人二塁手・篠塚利夫の失策で出塁すると、続く1番・高木豊の二塁打で三塁に向かうが、その走塁中に右足アキレス腱を断裂。(ウィキペディアより) こりゃ、死ぬほど痛い思いをしたでしょうが、 とにかく、責任感が強い男である。 当時、絶好調だったウォーレンクロマティーは、良く相手投手に「おまえとは俺は違うんだよ。」とばかりに自分の頭をつつきながら挑発してた。(僕はふざけんな!大リーガーの落ちこぼれがぁと思ってたが。。)それに対抗したのか、遠藤は、クロマティーを速球と見せかけてフォークで仕留めた後、 自分の頭をつつき「おまえとは違うんだ」という挑発をクロマティーに返した場面は有名である。 遠藤の引退試合は、消化試合であったが、横浜スタジアムを満員にしファンに感動を与えた。その試合は巨人戦の消化試合だったのにあの横浜スタジアムを一人の男だけで満員にしたのである。 これは投手という枠を超えた一人の人間として凄い事なのである。 通算成績 : 460試合134勝128敗58セーブ 1993年〜1996年 TBSで野球解説 1997年〜2003年 ベイスターズ投手コーチ 2004年〜 TBSラジオ等で野球解説、野球教室、講演などの活動 CM、旅番組、クイズ番組、料理番組などに多数出演 (遠藤の公式ホームページより) やくみつるは遠藤のファンらしい。 俺も今更ですが、ファンになりました! 因みに学生のときは、建築家を目指してたという情報あり! その他、プロ野球を沸かせた選手の行方 プロ野球選手のその後:中山(元大洋) プロ野球選手のその後:新浦(元巨人→大洋) プロ野球選手のその後:藤王(元中日→日ハム) プロ野球選手のその後:近藤真市(中日) プロ野球選手のその後:伊良部秀輝(ロッテ→ヤンキース) プロ野球選手のその後:板東英二(中日→タレント) プロ野球選手のその後:江川卓(巨人→タレント) |
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